1年と3か月前の僕の日記。っていうか日報。
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また、まだまだ自分が甘っちょろくてちっぽけだと痛感した。ハングリーさやストイックさも無ければ情熱も無い。主体的に取り組めてもいないし、自分に素直に正直にもなれていない。親や周りへの感謝の気持ちにもブレがある。つまり、感受性が弱いということであり、想いの強さや情熱が少ないということである。
どこかで現状の自分に満足していたからか、熱く攻めきるということも全然できていなかったこともある。そんな状態にも全然気づいていなかった。
これらの事に気づく事ができたのは、○○さんの熱くガンガン攻めていく姿勢を感じたからであり、僕にそういう部分が無いことを上手く指摘して頂いたからである。また、日頃の僕を見てくださっている△△さんからアドバイスを頂いたからである。
そして、何より□□くんの熱く正直で真っ直ぐな姿勢に心を動かされた事がある。
他人とは比較せず、自分と理想とを比較してあそこまで熱くなっている姿が本当に勉強になった。
僕はどこかとらわれていて自分をつくっている所があった。そこに決定的に足りないのは情熱だと昨日は感じた。今、思うのはもっと情熱に溢れた熱い男になりたいということである。人に影響を与えるかどうかという話ではなく、自分の想いや意見を正直に素直に恐れずに言えるようになりたい。それがなりたい自分像の一つの要素だと、今は思うからだ。
今までの自分を変えるのは勇気と根気が必要だと思う。自分を変えることによって、自分が悪い方向にいってしまわないか?という怖さをどこかで感じてしまう。でも、自分を変える事に失敗したらそこでやり方を変えたらいいし、「違うで。」と教えて頂ける人もいる。小さなプライドは捨てて、自分の意見や想いを感じるままに言おうと思う。(目的がある場合は別として)
相手を不快にさせるような事は言ってはいけないが、自分が恥をかいたりダメなやつだと思われるぐらいのことですむなら発言しまくっていこう。もし調子にのりまくって下手をこいても、死ぬわけではない。ましてや若いし学生なので、失うものも何もない。ハッタリをかましてもいいし、調子にのりまくってもいい。これを試してダメだったらやめればいい。
いつでも情熱的に想いを熱く語れる男になりたいと、今は思う。それが魅力的だと思うからである。
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人物名は記号にしてます。
今、久し振りに見てみて、自分でビックリ。
この日は僕がすごいショックを受けた日だった。
それは成長につながるので、いい意味でなのだが、
なんていうか、悔しいというか、情けないというか、自分に腹が立つというか、
そんな気持ちで帰路にたったのを覚えている。
「なんて、俺は情けないんだ。ダメダメだ。」
そんな気持ちからのこの日記。
今、超久しぶりに見てみて、
今の僕の感想としては、
まぁまぁええやん。である。
ショック感を感じて、情けなさに打ちひしがれながらも、
これから変わってやる!という意志を感じる。
これ、ホンマに俺が書いたやつかな、ってちょっと疑ったくらい。
まぁ、このあとの僕がどうなるかは、寿命削ってタイムスリップしてでも、
この時の自分に伝えにいって変更させたいんやけども。
まぁ、それはおいといて。
で、こうやってちょっと恥ずかしいことをブログに乗せたのは、
一つ嬉しいことに気づいたから。
いつのまにか、僕は熱さが弱くなってる。
自分の情けなさに涙を流すような情熱がないっていう事実を本当は気づいてる。
一分一秒を惜しめない自分。
環境を整えてからでいいやとか、甘ったれたことを思ってる自分。
テレビを見るのも学びがあるし、とか思ってゆっくりしてる自分。
俺は成功するに決まってるやろ、と心から思えない自分。
妙にすましてる。
うまいことやろうとしてる。
それが全て悪いことではないと思うし、ケースバイケースでより成長し成果もあげれる場合もあると思う。
でも、違う!
本当に自分と向い合ったら、違うっていうのはわかる。
明らかな違いがる。
だから、ピンとこない日々で。
僕の年齢でパワーが落ちてきたけど、でもその代り・・・なんて完全にアディオスだ。
そんなことを自分の心に許すわけにはいかない。
今が全盛期なのだ。
今日が全盛期やねん。
そんな心に引っかかったものをどうにかしたいけど、
でも、何をしていいか。
過去のカッコよかった自分がのしかかっていた。
でも、昔の自分は今の自分にプレッシャーを与えるものではなくて、
応援して力をくれるものなんだと、冒頭の日記(日報)を再び見直してみて確信した。
過去の事実は変えられない。
どんなに苦く辛いものだったとしても。
同様に、素晴らしく輝き熱かった自分が本気でがんばっていたという時期があったという事実も、それは不変で絶対で、
「あの時の俺はどうしたんやろう?」って、暗い気持ちになるんじゃなくて、
「あの時の俺も絶対的に俺。だから、今の俺にも必ずできる。」
だって、自分なんだから。
ここ1,2週間くらい何をしていいか迷いがあった。
自分にとって大事ですべきこと。
良い本や映画、バイトや旅。
でも、何か違う感じがしてて。
だけど、ハッキリした。
外からの情報で自分を磨くのもいいが、
今は違う。
今は、昔の自分を見つめ直す。これを僕は望んでいたんだ。
昔の自分の熱さ。を感じ取る。
そのための情報はいっぱい。
ブログがあるし、日記や日報がある。
高3の時の自分や、インターンをしていた時の自分など、
僕が自分に目覚めた18歳の頃からの4,5年間の自分が、
今の自分の背中を押してくれそうだ。
そして、いけそうな気がする。
この感じ。
久し振りかも。
そうやねん。
なんか、いけそうな気がすんねん。
そんな嬉しい気持ちを何かアウトプットしたくてこうやって書いてしまった。
ちょっと恥ずかしいな。
いや、ウソ。
自分が恥をかくくらいのことなら喜んでするのである。(冒頭の日報より)
上等なのです。
自己主張は買ってでもするのが中村篤成なのです。
よし、ここ1,2週間はとことん昔の自分を見つめていこう。
部屋にこもりきって、情報もシャットダウンして、思いっきり見つめて内省していこう。
そこに、
忘れていた何かと、
次への新しい答えがあると、
確信しているので御座います。
そういえば、
「未来の自分任しとけよー、お前をもっと幸せにカッコよくしたるからな。」
って思いながら、昔は勉強したり努力してたからなー。
どうやらその時ですな。助けてくれ、昔の自分。
ただ、昔のブログ見るん恥ずかしいんやけどなー。
うわ、ネットでこんないちびったこと書いてるやん、って。